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 開拓使麦酒醸造所物語
 

この地に、開拓使のビール醸造所が誕生したのは、明治9年(1876)のことです。

 日本初の、日本人の手によるビールづくり。そこには、北海道開拓と、近代国家日本建設にかける夢があり、さまざまなドラマがありました。

  開拓使麦酒醸造所の建設・事業責任者となったのが、村橋久成という人物です。
村橋久成は鹿児島生まれのサムライでした。幕末、薩摩藩英国留学生としてイギリスに渡り、ロンドン大学に学びました。
帰国後、箱館戦争で活躍。明治4年、開拓使に入り、おもに農業振興に情熱を傾けました。

北海道の農業振興と、近代的な産業おこし。それが若いころイギリスで近代的な産業を目の当たりにした村橋の夢でした。ビール醸造は、できた農産物を加工し、製品として全国に広く販売する、近代的な産業そのものでした。

 村橋の手によって明治の札幌産ビールが誕生し、生産は徐々に軌道にのっていきました。醸造所は次々に増築され、生産量も倍増を重ねていきます。
ところが…。

幕末、明治…、破壊と創造の時代に生きた人たち。そして、開拓使麦酒醸造所誕生の物語をつづります。


CONTENTS
1. 開拓使のはじまりと、札幌の誕生
2. 開拓使通り
3. 札幌産ビール発祥の地
4. 天保生まれのサムライ
5. 幕末の英国留学生
6. 函館戦争
7. 麦酒醸造所は札幌につくるべし
8. ビール醸造に必要なもの
9. 麦酒醸造所誕生
10. 明治のビール
11. 実ニ最好ノ製法に候
12. 開拓史の挫折
13. 麦酒醸造所のゆくえ
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