脚本家・演出家
橋口幸絵(はしぐち ゆきえ)

1974年、10月17日生まれの32歳。東京都で生まれ、宮崎県で幼少期を過ごす。96年に、獣医に憧れて酪農学園大学に進学と同時に北海道へ。99年、大学を中退し「劇団千年王國」を創立。全13作品の作・演出を担当する。2006年には「イザナキとイザナミ 古事紀一幕」で日本演出者協会主催の若手演出家コンクールの最優秀賞、観客賞を受賞。現在、北海道在住の若手演出家として注目を浴びている。仕事上で大切にしていることは「こだわりを捨て、どこまで輪郭をほどいて大きいものになれるか」。同居中の猫5匹と遊んだり、プールで水に抱かれるのが至福の時間。

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先月行われた東京公演「スワチャントッド」の一幕。モールスでお喋りする少女と家族の物語です。

 

気になるカバンの中身

「6〜7年前、“作家っぽいものを持っているといいよ”と言って、古道具屋で友人が買ってくれた鞄なんです。ちょっといいでしょ?(笑)」
スケッチブック
「脚本を書く時、わたしの場合は絵コンテを作るんですよ。自分の中に1つの絵みたいなのがあって、そのシーンが見たくて。数にすると100カット、A4で20枚くらい。絵を描くのは昔漫画家になりたかった名残かな(笑)」
台本
「役者にあわせてセリフを替えたりするので、台本は設計図のようなものですね。そうやってギリギリまで替えていって、新作だと完成は稽古の2週間前くらい」
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※撮影協力/サッポロファクトリー アトリウム1F
NATURE TRAIL CAFE (ネイチャートレイルカフェ)
アトリウムの心地良い開放感と降り注ぐ光に包まれて、フードからデザートまで手作りのこだわりメニューを楽しめるカフェ。通常メニューの他にも旬の食材を使用した季節のおすすめメニューもあります。

 

極限まで追いこまれる脚本執筆

日本古来の神話で舞台となった渓谷や滝、深い山並みに太平洋を望む宮崎の田舎で育ち、小さい頃から虫や動物の解剖が好きで獣医に憧れていたという橋口さん。

「人と話すのが苦手でした。鍵っ子で家に一人でいることが多かったので、いつも本を読んでましたね。友達と話して“おぉ!”って感じではなく、絵を書いたり漫画を読んだり、本を年間 350 冊読んで表彰されるような子(笑)」

演劇との出会いは、そんな小学生時代に突然訪れた。昼下がりの道徳の時間、知らない大人達が目の前で大きな声を出し、笑ったり怒ったり。喜怒哀楽を表現しながら、めくるめく進んでゆく「物語」を、ひんやりと冷たい板張りの体育館に座りながら観ていた。と、その時。スポットライトの明かりに照らされた舞台上の大人達の動作に目が釘づけになった。

「わたし小学 3 年生だったのにキスシーンがあって!『カルメン』の舞台だったんですけど、生まれて初めて人がチュウしてるところを目の前で見てしまって !!  ショックですよ。 1000 人くらいの人が見てるのに(笑)、すっごい衝撃!トラウマですね。演劇すげえ!って」

この時、一瞬にして橋口さんは「演劇」に心を持っていかれた。まるで恋に落ちるかのように。

その後、中学、高校、大学で演劇部に所属して基礎を積み、劇団千年王國の旗揚げ後、すべての脚本・演出を手掛けてきた。脚本を執筆する期間は約 2 ヶ月間。その間は、ほぼ不眠不休で飲まず食わず。時に精神安定剤や睡眠薬を必要とするほど自分を限界まで追いこみ、その先に見えるものをとことん探る。

「もう、頭痛いですね。だいたい自分の生きていく上で、つまづいたり引っ掛かってることを作品にするんですね。だから一番辛かったことを何度も繰り返し思い出さなきゃいけないんです。人が死んだことや失恋とか。あの時こう思ったのは、どうしてだろう、何故だろう、どうしてだろう、何故だろうって。頭爆発しそうになりますね(笑)」

一方、演出の仕事は脚本で構築した世界を役者に引き渡し、一緒に作り上げていく共同作業だ。

「お産婆さんですね。ふふふ。演出は産み落とす作業。脚本にある“わたしの言語”と、役者による“あなたの言語”があって、それがぶつかったことによって第 3 の言語ができればいいなと思って」

 

ボロボロの精神状態で挑んだ東京進出

プロをめざすという同じ夢を共に見ながら、辛い時も嬉しい時も分かち合い歩んできた劇団が 10 年めを迎える頃、思いもよらない試練が橋口さんに訪れる。

「旗揚げから一緒にやってきた制作の男の子が、プロになるために劇団を辞めるって言い出して。彼はプロの現場で仕事を始めていて、今のままでは劇団はプロ化できないと客観的に言われましたね」

おりしも別離を告げられた日はクリスマスイブの晩。どこを見渡しても恋人達が愛を囁きあっているような甘い雰囲気のなか、街中には赤や黄色、緑と色とりどりのイルミネーションが輝き、舞いおちる白い雪が静寂を連れてくるような夜だったのだ。

「 15 時間くらいかけて、 3 軒お店をハシゴして朝まで話して。わたしは泣いて泣いて、ボロッボロで(笑)。どうせ嫌いになったんだろう、なぜ捨てるんだって(笑)。感情論で全然、話し合いになってなかったと思うんですけど」

演劇で制作といえば女房役といわれる存在。離婚のような騒ぎの中、自分の体の一部をもぎ取られるような大きな喪失感に襲われた。

「稽古場にロープ吊りましたね、鴨居に。死んだ方がラクって。でも死にたい訳じゃなくて、あ、違うって分かるんですけど。頭皮はげそうでした」

札幌という、演劇が浸透していない土地を拠点に、どうプロ化していくかを葛藤していた橋口さんにとって、追い討ちをかける出来事だったのだ。

そんなぎりぎりの精神状態の頃、初の東京進出のチャンスが舞い込んでくる。上演は「SL」という名の脚本。テーマは父親の喪失だった。 2 歳の頃、父親を亡くした橋口さんが初めて挑戦する家族の物語でもあった。

音威子府から南稚内を実際に走り、昭和の終わりと共に廃線になった天北線が舞台。北海道らしさを全面に出し、勝負をかけた。

上演後のカーテンコールの瞬間、興奮冷めやらぬまま体も火照った状態で、お客の激しい喝采を浴び、初の東京公演で「劇団千年王國」が受け入れられたことを全身で感じとった。

「ぼろくそ言われると思っていたら、びっくりするくらい評価をいただけて。洗練の間逆をいきたくて感情むきだしにして、そういう全く都会的じゃないところが評価されたんです。東京にはない、ということで」

 

千年後の人にも伝えたい不変のもの

「 SL 」の翌年には、自分のルーツを掘り下げ、古事紀をベースに創作した「イザナキとイザナミ」で若手演出家コンクール最優秀賞を受賞し、確かな地位を確立した。だが、プロとして北海道を活動拠点とすることに、もう迷いはない。

「東京進出が大きかったですね。それまでは都会を意識するあまり、北海道っぽいものを作ろうと思っていたんですけど、そんなのいらねーやって思ったんです。別にこだわらなくても、氷点下でしか仕込めないお酒があるように、北海道でしかできないものがあることに気付いたんです。だったら好きなことやればいいんだ、って」

次なる夢は海外公演。文化も風土も言葉も、何もかも違うところでの勝負だ。跡形の残らない舞台という表現だからこそ、不変なものを観る人の心に残したいという思いが強まる。

「国とか関係なく、なるべくたくさんの人が分かるといいなと思っていて。それで通用すれば千年残れるような不変の物語が書けるんだろうなって。神話のようなものが書ければいいなと思う。千年後の人も意味が分かるというと、すっごい単純なことになってくるかもしれまんけど。空青いぜーとか、お母さん大切にしよーとか(笑)」

 

私のお気に入り

■カエルの傘

「遠くに離れて暮らす事になった友人が“近くにいられないけど、君の人生が土砂降りのときにさしてねえ”と言ってくれたもの。淋しい時に家の中でさしています(笑)。持ってるだけで励まされる宝物です」

■手編みの帽子

「小道具を4年間やってくれたスタッフが辞める時、マフラーを編んでプレゼントしたのですが、コレは残りの毛糸で編んだ帽子。お揃いの毛糸です」

■ウエストポーチ

「ガチ袋という大工用のポーチ。舞台を仕込む時に釘や金槌、カッター、ビニールテープなど何でも入るので重宝しています。初めて東京で賞金を貰った時の記念に購入しました」

 

お知らせ

スワチャントッド

若手演出家コンクール 2005 最優秀賞受賞記念制作作品。舞台は北国の港町。「モールスで会話する少女とその周りを取り巻く人々が織りなすヒューマンドラマ」。

日程: 4 月 11 日(水)〜 17 日(火)
時間:要問合せ
会場:生活支援型文化施設 コンカリーニョ
チケット:前売 2500 円・当日 2800 円
問合せ/ 090-2873-5936 (劇団千年王国)


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【編集後記】

痛みの先に見えるもの。

 「悲しくて辛くて、二度と思い出したくない」。脚本を書く時、そんな過去の痛みの場所まで何度も行き、反芻するという橋口さん。

たぶん、ふつうの人なら封印して風化させようと必至で努力するような、そんな過去。触れるとまだ血がどくどくと出てくるような生傷の場所。人は生傷を意識的に封印できるから、もしもそこにもう一度行きたくなければ、逃げたければ、逃げられるよね。心も精神レベルもきっと留まったままだけど、同じところに。

と考えていたら、橋口さんは、こちらが聞いただけでスッと心が落ち着く作用のある、まるで詩のような言葉をさらりと言う。

「そこには宝石がある気がするんですよ、一番の。一番の宝石は一番ヘビーなところにある気がして」

聞いた途端、その宝物を見てみたい気になった。その気になれば、たぶん誰でも見にいける。たった一人で。大変な勇気が必要だし、見つけても自分だけの宝物だけど、見つけた経験は、広い世界に通じる道に繋がる気がするが、どうだろうか。

取材・文/金繁 美由紀