ゴスペルシンガー
NATSUKI
札幌出身。北星学園女子高等学校音楽科、フェリス女学院大学音楽部声楽科卒業。ゴスペルシンガーとして日本国内はもちろんのこと、アメリカでも活動する。‘04年3月、初のマキシシングル「CRYING IN THE CHAPEL〜涙のチャペル」を、‘05年12月に2ndマキシシングル「You Raise Me Up」をリリース。歌手活動のほか、カルチャーセンターや所属事務所にて、一般人向けのボイストレーニングやゴスペル指導も行なっている。現在、オリジナル曲を制作中。
http://www.brightsapporo.com/natsuki/

ゴスペルクラスのレッスン風景。モットーは1に楽しく、2に元気よく、3にパワフルに!

2004年5月1日、日本ハムファイターズが初めて札幌に移転した時の開幕式。札幌ドームでの独唱、すっごく気持ち良かったです!

今年の2月に『にぎわいまつり』の時のゴスペルステージです。私の主宰するブライトサッポロコミュニティクワイアと一緒にステージにたちました。

尊敬する日高晤郎さんの番組にて。隣はゴスペルグループのメンバーでもある早川舞子さん。母も一緒に写っています。
気になるカバンの中身
- カバン
- 「母は時々プレゼントをくれるんですが、これは銀座のお土産かな。カバンは洋服にあわせて色々なものを楽しんでいます」
- i-pod
- 「これは録音用。作曲している時や、レッスンで生徒さんの声を録音する時に便利なんです。思いついた時にいつでも使えるように持ち歩いています」
- 手帳
- 「仕事用なのでカバーに元気の出る赤を選びました。やる気UPや勝負の時などにも赤を持っていると気分が違います」
バックナンバー
運命を変えた一枚のCD
大学時代、声楽科でクラシックを学び育んだ音域の広さや表現力、歌唱力が評価され、‘ 04 年にアメリカ、サンフランシスコのジャパンタウンで開催された、日米修好150周年記念式典「第37回北カリフォルニア桜祭り」に招待を受ける。そこで日本人初のゴスペル披露という快挙を成し遂げた、札幌を代表するゴスペルシンガー NATSUKI さん。
同年、「日本ハム対オリックス戦」開会式に札幌ドームで独唱するなど、数々のセレモニーやイベントで歌声を披露しているので、ご存知の方も多いのではないだろうか。
ゴスペルとの出会いは一枚のCDからだった。当時、大学でクラシックの声楽を学んでいた NATSUKI さんに、友人が「面白いものがあるよ。聞いてごらん」と貸してくれたのが、クィンシー・ジョーンズの『メサイヤ』ゴスペル版。
「とてもショックを受けました。ありえない!って。『メサイヤ』はもともと宗教曲で、クラシックスタイルの曲なんです。なのにリズムやラップが入ってグルーヴィになっているんですから」
真面目にクラシックを勉強してきた自分には想像もつかないような、完全に畑違いのアレンジ。最初は抵抗を感じた。「自分とは違う」。その気持ちとは相反して、心の底では強烈に惹かれていった。だが、この時はまだ、自分がゴスペルシンガーになるなんて夢にも思わなかったのだ。
ピアノ奏者の母を持つ NATSUKI さんは 3 歳の頃からピアノを習い、小学校 4 年生で少年少女合唱団に入団。歌が何よりも好きで、 3 歳の頃からストリートミュージシャン顔負けのライブを街中で繰り広げていた。
「母とバスを待っている間や地下鉄の中で自然に歌ってたんです。『 MY WAY 』とか。そしたら周りの人から拍手をもらって、子供なりに快感になって(笑)。自分の歌が人に喜んでもらえるんだ、と感じた原点ですね」
クラシックとゴスペルの狭間での葛藤
大学卒業後、クラシックの歌い手として活動を続けながら、ピアノ講師やブライダルのオルガン奏者など、いくつもの仕事を掛け持ちする日々を送っていた。
一方、ゴスペルはといえば、毎週通う教会で細々と歌う程度。公の人前ではオペラを歌いクラシック音楽のみを披露する、という生活が 3 年ほど続いたある日。
もともと発声法や表現法、歌唱法まで全く異なる 2 つのジャンルを歌い分けながら、どっちつかずの自分に苛立ちを感じていた。
「自分はこの先、一体どうなるんだろう…」。
喉は痛み、肉体的にも精神的にもボロボロで限界寸前。ちょうどその頃、友人の留学先であるアメリカを訪れ、ついに本場のゴスペルと出会う。
「ものすごく衝撃的でした。魂の叫びがダイレクトに伝わってきて、“ぜんっぜん違う!”って。歌いながら泣いたり叫んでる人までいて、体を使って歌うこともできるんだ、ということに気づいたんです」
いくつもの教会を訪ね、様々なジャンルのゴスペルを見てまわった。ギター一本で弾きながら歌うフォークソングのようなホワイトゴスペルから、クラシカルな聖歌まで多種多様。そのなかで、一番コレだと思ったのがブラックゴスペルだったのだ。
ブラックゴスペルのルーツはアフリカにある。奴隷制度によってアフリカ人達が北米に連れて来られた 17 世紀。炎天下のもと、日の出から日没まで綿花やタバコの栽培・収穫で過酷な重労働を強いられるなか、自分達を慰めるために自然発生的に歌われたのが始めとされる。
「昔は松明を囲んで回りながら歌う民族もいたそうなんですが、歌うことをいつ辞めるんですかと学者が聞いた時に、“疲れたら辞める”という答えが返ってきたとか(笑)。決まりがないんですね。そういう考え方もショックで。今まで自分は、いかに完璧な発声で楽譜に忠実に歌うか、ということに重点を置いていたので」
アメリカから帰国後、クラシックを一切辞め、ゴスペルで行こうと決心を固める。そして教会でゴスペルの合唱団を指導したり、指揮者として活躍することに生きがいを感じ始めていた。
ところが、ある人との出会いによってゴスペルシンガー NATSUKI が誕生することとなる。
「指揮が終わった時に突然、“あなた歌ってみない?CD出してるんでしょ?”って声を掛けられたんです。私の歌声を聞いたとかではなく、指揮している背中を見て、ですよ(笑)」
それがクリスチャン・ミュージックのディレクター、森重ルツ子さん。彼女の薦めにより、‘ 04 年、「 CRYING IN THE CHAPEL 〜涙のチャペル」のリリースが決定、プロとして道を歩むことに。
孤独を救ってくれた曲との出会い
ゴスペルといえば英語で good news と言われるように、キリスト教では神を賛美する曲だ。歌手デビュー後、そうした曲を歌い広めていこうとするなか、完全に孤独を感じてしまった時期がある。
「自分が何も考えずに発した言葉によって、大切な人を傷つけてしまって。ゴスペル歌ってるのに、って自分を責めましたね。その時、父から“落とした言葉は拾えないんだよ”って言われて、自分は完璧じゃないって気づかされたんです」
性格は真面目で完璧主義。気がつくと、自分の価値観で人や物事を判断していた。小さい頃から積み重ねたキャリアもあり、プライドもあっただけに、より一層、自分が人を傷つけたという事実に深く傷ついた。
「自分を分かってくれる人なんて誰一人いない、って思いました。ものすごく孤独でしたね。こんなにみじめな自分だし、一体誰が分かってくれるんだろうって」
その孤独を救ったのが、ゴスペルの『 His eyes is on the sparrow ( 1 羽の雀に)』というナンバー。
「どんなに落込んで辛いことがあっても、あなたにはただ一人友達がいるから。あなたは一人じゃなくて、ずっと見守っている存在があるよという歌詞なんです。わたしたちが生きている地球上では、 1 羽の雀の命でさえ守られていますよ、という」
歌いながら癒され、少しずつ気持ちを取り戻していく。それと同時に、自分を支えてくれる周りの愛情にも気づくことができた。
「何度もゴスペルに救われてきたので、今度は自分が多くの人に伝えたいんです。いま隣にいるお母さんとか恋人、友達とか大切な存在を当たり前と思ったらダメですよね、って。忙しい毎日を送るなかで忘れがちなことを、一度立ち止まって考えてもらう。それがあたしの役目かなと思っています」
私のお気に入り
■『Seawind』

「大学の時に買ったハワイのアーティストのCDです。フュージョン感覚で楽しめて、聞くとのんびりできる大好きな一枚」
■つけまつ毛

「イタリアに衣装を買いつけに行った時に買った、ステージ用のつけまつ毛です。日中はあまり効果がないんですが、夜はバッチリ!キラキラ光ってキレイなんです」
■グリーンのジュエリー

「ラッキカラーのグリーンに凝っています。これはヴェネチアの工芸品。グリーンを身につけていると、人とのコミュニケーションも心なしかスムーズにとれるような気がします」
お知らせ
NATSUKIライブ2007 with Triangulo チケット好評発売中!Triangulo (トリアングロ)のゴージャスなバンド演奏をバックに、 2nd マキシシングルの「 You Raise Me Up 」ほか、数々のゴスペルナンバーを歌い上げる。ゲストに吉田耕爾 他。
日程: 5 月 6 日(日)
時間: 17 : 30 開場、 18 : 30 開演
会場:札幌グランドホテル 1 階 ラウンジ・バーオールド・サルーン 1934
チケット: 8,000 円( 1 ディッシュプレート、フリードリンク付)
主催・問合せ/株式会社ブライト・サッポロ 011-241-0345
【編集後記】