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中央区東地区連合町内会 大沼 幹夫さん

投稿日:2026.1.26

企業・団体

今回は、80歳で東地区連合町内会会長を務める大沼さんに、長年地域活動に携わってきた人生と、この街の変遷、そして若い世代への熱い想いを伺いました。青少年育成委員、消防団員を42年務め、最終的には副団長に、民生児童委員として27年。地域の歴史を誰よりも熟知する大沼さんが、今、次世代に託したいメッセージとは何か。地域への深い愛と献身の物語に迫ります。

~東地区50年の記憶「声を掛け合えるまち」を信じて~

~生まれと育ち~
――大沼さんのご出身や幼少期についてお聞かせください。
大沼さん:戦後の昭和20年12月、豊平で生まれました。4歳の時、父がブラシ製造業を営んでいた関係で、家族とともにこちらに引っ越してきました。当時はまだ戦後の面影が色濃く残り、街全体が今とはまったく違う雰囲気でした。

――これまでのお仕事について教えてください。
大沼さん:化粧品会社に就職し、東京の営業所で働きました。ただ毎月家に手紙を書いては、「帰りたい。家業を継ぎたい」と思いを伝えていました。父からは「お前に跡継ぎしてもらうのは本意じゃない」と言われていましたが、それでも思いは変わらず、1年ほどで札幌に戻りました。
19歳から家業を継ぎ、69歳まで約50年間続けました。当時、札幌のブラシ製造業は3軒しかなく、皆、同じ店で修行した仲間同士でした。父はその店に弟子入りして独立し、私がそれを受け継いだ形です。


~当時の街の様子~
――4歳の頃からこの東地区を見てこられたと思います。当時の街の様子について教えていただけますか。
大沼さん:今と全然違いますよ。南四条通りは2階建ての建物が並び、建具屋さんや果物屋さんなど、ほとんどが商店でした。個人の家はあまりなく、皆が商売をしていたのです。今も変わらない場所はごくわずかです。

――思い出に残っている景色や場所はありますか。
大沼さん:創成川公園のあたりです。昔は的屋が来て、蛇使いがハブの薬を売っていたこともありました。その人を囲むように人々が円になって座り、黙って話を聞いていたのが印象的です。
それと、札幌祭りも思い出深いです。今は中島公園で行われていますが、昔は創成川の上に祭り小屋が建てられていました。1週間以上続き、動物も来たので毎日見に行きました。火事で象が逃げ出し、民家に入り込む騒ぎがあり、新聞にも載りました。

~地域活動のきっかけ~
――地域活動を始めたのは、いつ頃からですか。
大沼さん:25歳ごろです。父が商売で忙しく、町内会の活動に出られなかったので、町内会の役員の方から「息子さんを出してほしい」と言われ、青少年育成委員を務めることになりました。
同級生から「俺たちの時代が来るから、町内会で役を頼まれたら必ず引き受けろ」と言われたこともあり、活動を続けてきました。

――具体的にはどのような活動をされていたのですか。
大沼さん:子どもたちの行事が中心でしたね。海水浴、遠足、運動会などです。子どもたちのお父さんやお母さんも一緒に参加し、皆で楽しく行っていました。小学校横のグラウンドで冬の運動会やスキー大会も行いました。今と比べても、あの頃の行事は1番成功した例だと思います。


~長年の活動と街の変化~
――その後もさまざまな役職を務められたのですね。
大沼さん:はい。消防団員を42年務め、最終的には副団長となり、2024年に瑞宝単光章をいただきました。そのほか、民生児童委員は27年続け、2025年11月30日まで務めていました。

――民生児童委員とはどういったお仕事ですか。
大沼さん:社会福祉の仕事で、主に高齢者の安否確認などです。現在は70歳以上の一人暮らしの方を対象に行っています。

――長年地域活動をされてきて、街の変化をどう感じますか?
大沼さん:行事が少なくなりました。住民が少なくなったからです。昔は町内会で海水浴や盆踊りがあり、ラジオ体操も各町内会が単体で行っていました。今は、東地区全体で1箇所に集まって行うようになっています。

――人口は増えているのに、参加者は少ないのですね。
大沼さん:はい。東地区には8,000〜9,000人ほどの住民がいますが、町内会活動に参加する人はほとんどいません。特にマンション住民は町内会費を管理費として支払っていますが、活動には参加せず、単身者や若い世代は地域とのつながりが薄いのです。

――それが現在の課題のひとつですか。
大沼さん:そうです。行事を行う際に人を集めるのが大変です。昔は親子で参加する方が多かったのですが、今は共働きの家庭が増え、参加者が少なくなりました。かつて、私の息子にも「町内会で温泉旅行に行こう」と誘っても、「普段から行っているから行きたくない」と言われたものです。

~現在の活動と地域の未来へ~
――東地区連合町内会会長としての想いを教えてください。
大沼さん:「道端で会ったときに声をかけ合える街にしたい」これが私のポリシーです。皆がお互いの顔を知っていて、挨拶をかわせることが私の理想です。ただ、なかなか思う通りにはいきません。

――地域の世代間交流について、現在どのような取り組みをされていますか。
大沼さん:地域の様々な活動に関心を持ち、東地区連合町内会の立場から見守っています。地域のコミュニティづくりには課題も多く、年配者向けのお茶の間という形で人を集めていますが、それでも4、5人しか集まりません。
気軽に立ち寄れて、お茶が飲めるようなサロンを町内会でもやってみたいです。


――これからの地域活動について、どのようなお考えをお持ちですか。
大沼さん:お祭りには若い人が参加してくれますが、運営側として「手伝います」という声はなかなかありません。
「東地区を明るくする会」※1では、若い人を運営に引き込むことに成功しています。そういう形を広げていけたらと思います。
(※1:創成東をもっと輝かせたいという思いから作られた、エリアの活性化に取り組む会)

私たちの活動の一番の喜びは、子どもたちや保護者が一緒に活動する姿を見ることです。若い世代の皆さん、地域の活動に一緒に参加してみませんか。小さな一歩が、このまちを明るくする大きな力になります。

~趣味と地域をつなぐ~
取材の最後に、大沼さんは趣味の写真を見せてくださいました。高山植物や道内各地で撮影された写真一枚一枚に撮影日や植物名が記録されており、大沼さんの自然への深い愛情と観察眼が伺えます。撮影場所や季節について語る表情からは、植物への敬意と探求心が伝わってきます。

その姿勢は、地域活動にも通じるものがあります。大沼さんの写真への取り組みには、自然を愛し、まちを想う気持ちに一貫して表れています。写真を通して垣間見えた大沼さんの素顔も、このまちを形づくる大切な一部だと感じました。


また月に一度、中央児童会館で開催される百人一首教室に、大沼さんは読み手として参加しています。「百人一首、読めますよ。何か協力できれば」と自ら名乗り出たことが始まりでした。


幼い頃から毎年お正月に家族で百人一首を楽しみ、お父さまが読んでいた百人一首の思い出を、地域の子どもたちに伝えています。小学生たちにルールを説明し、難しい漢字の場所を「この辺りだよ」「真ん中くらいかな」と優しく導きながら、歴史的背景にも触れています。

地域と子どもたちをつなぐ温かな架け橋として。大沼さんの歩みは、今日も静かに、このまちの中で続いています。

プロフィール

  • 大沼 幹夫さん

    取材先:中央区東地区連合町内会
    所在地:札幌市中央区大通東6丁目 東北・東地区会館内
    電話番号:011-241-1696